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※共済・年金等の制度内容や加入条件は変わることがあります。本記事は一般的な考え方の紹介であり、正確な内容は各制度の公式窓口でご確認ください。
経営者には会社員のように会社が決める定年がなく、退職金も自動で用意されるわけではありません。引退時期と老後資金は、自分で設計する必要があります。
📝 この記事でわかること
- 経営者の老後が後回しになる3つの理由
- 会社の財布と自分の財布を分けて見る方法
- 引退の日付を「仮」で決める意味
- 経営者にとって「退職金の代わり」になる制度
※物語パートに登場する人物・団体・会社名は創作上のものです。実在の人物・団体とは関係ありません。
■ オープニング

九月の終わり。父親を探す依頼を二件も抱えて、頭の中が散らかっていた頃だった。
事務所のドアが遠慮がちに開いて、濃い青のつなぎを着た男が立っていた。小柄だが、肩と腕にしっかりと厚みがある。白髪の混じった頭を、ぺこりと下げた。
「あの、ミツルに聞いて来ました。ススムといいます」
そう名乗ってから、ふと天井を見上げた。
「……すみません、あの音」
「音?」
「エアコンです。ベルトが少し緩んでるかもしれません。金属がこすれる音が混じってる」
俺には、いつも通りの唸り声にしか聞こえなかった。
■ 問題提示

ススムさんは、有限会社ツクルという町工場の社長だった。機械部品の加工をしている。
「有限会社ということは、長いんですね」
「二十二年です。今の制度だと新しく作れないので、そこだけは古株の証拠みたいなもんで」
📌 「有限会社」とは
2006年5月に会社法が施行され、有限会社は新しく設立できなくなった。それ以前からある会社は「特例有限会社」として、そのまま「有限会社」の名前を使い続けることが認められている。
つまり、今も「有限会社」を名乗る会社(特例有限会社)は、2006年5月より前から続いている会社ということになる。
相談は、人手不足だという。
「従業員が二人いるんですが、二人とも六十過ぎで。募集を出しても、まあ、来ません。息子のダイキが四年前から入ってますけど、それでも回すのがやっとで」
「息子さんが継がれる予定で?」
「……そうなるんですかね。まだ、ちゃんと話してないんです」
そこで、少し黙った。
「正直に言うと、人手不足の話をしに来たんですけど、本当に困ってるのは、たぶん別のことです」
「聞きます」
「先月、腰をやりまして。三日、工場を止めました。そのとき初めて思ったんです。俺、いつまでこれをやるんだろうって」
そして、いちばん重い一言を言った。
「五十四です。ミツルは定年の話をしてました。……俺には、定年がないんですよ。退職金も、ない」
■ コーキの分析:経営者の老後が手薄になる3つの理由

「その気づきは、遅くありません。むしろ早い方です」
コーキはメモ帳を開いた。
「なぜ経営者の老後が後回しになるのか。理由は3つあります」
⚠️ 理由① 会社のお金と、自分の老後のお金が混ざっている
会社が黒字なら安心、赤字なら不安。会社の資金と個人の老後資金を、同じ延長線上で考えてしまう経営者もいる。
だが引退したとき、手元に残るのは「会社のお金」ではなく「自分の名義で用意したお金」だ。会社が続いていることと、自分の老後が用意されていることは、別の話になる。
⚠️ 理由② 「会社を売るか、たためばなんとかなる」と漠然と思っている
事業承継や廃業でまとまったお金が入る場合もあるが、それは買い手がついたり、資産が残っていたりする場合の話だ。
設備は年々古くなる。取引先は社長個人についていることも多い。「そのときになれば何とかなる」という前提は、検証されないまま何十年も置かれやすい。
⚠️ 理由③ 目の前の仕事が忙しすぎて、自分の引退を設計する時間がない
これが一番大きい。「今日も忙しい」で二十二年が過ぎている。
会社員なら、制度の方が勝手に節目を作ってくれる。役職定年も、定年も、会社が日付を決めてくれる。経営者には、その日付を決めてくれる人がいない。だから、いつまでも先送りになる。
■ ケイイチロウの一言

ケイイチロウが、ススムさんのつなぎの油染みを見て言った。
「働き続けられることは、強みです。ですが、辞められないことは強みではありません。その二つは、よく似た顔をしています。」
ススムさんは、しばらく手元を見つめていた。
■ 解決策:「定年のない人」が最初にやる3ステップ
「じゃあ、何から手をつければいいですか」
「3つです。分ける、決める、知る。この順で」
✅ ステップ① 会社の財布と、自分の財布を分けて見る
・会社の決算書とは別に、自分個人の資産・負債を一枚の紙に書き出す(預貯金、個人名義の保険、住宅ローン、個人で背負っている連帯保証など)
・役員報酬をいくら取っていて、そのうちいくらが自分の老後に回っているかを確認する
・会社が続いているかどうかと、自分の老後資金があるかどうかは、別々に判断する
✅ ステップ② 「自分はいつまで働くのか」を、仮でいいから決める
・誰も決めてくれないなら、自分で仮の日付を置く。六十五歳か、七十歳か、あるいは「息子が一人で回せるようになったら」でもいい
・仮でも日付があると、そこから逆算できるようになる。設計は、終わりの日を決めないと始まらない
・決めた日付は、後から変えていい。変えられない日付を決めることではなく、逆算の起点を持つことが目的だ
✅ ステップ③ 経営者にも使える「退職金の代わり」があることを知る
・小規模企業共済という、小規模企業の経営者・個人事業主が、廃業や退職に備えて自分で積み立てる公的な制度がある。中小企業基盤整備機構が運営している
・掛金の税制上の扱いや受け取り方には決まりがあり、加入資格にも条件がある。「自分の会社が対象か」「今から入って意味があるか」は、公式の窓口で確認する
・iDeCoなど、他にも選択肢はある。次回、それぞれの違いを整理する
🔗 制度の内容・加入資格の確認先:小規模企業共済(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)(広告ではありません)

🐱 ルリのまとめ
「『辞められない』のは、頼りにされてる証拠でもあるけど、逃げ道がないってことでもあるんだよね」
- 会社の財布と自分の財布は別——会社が続くことと老後が用意されていることは違う
- 誰も定年を決めてくれない——仮でいいから「いつまで働くか」の日付を自分で置く
- 経営者にも積み立てる制度がある——まず存在を知り、対象かどうかを窓口で確認する
■ よくある質問
Q. 社長には退職金がないのですか
自動的に用意されるわけではありません。ただし、会社が規程を整え、株主総会などで金額を決めて、役員退職金を支給することはできます。小規模企業共済などを使い、経営者個人が準備する方法もあります。税務上の扱いには条件があるため、税理士や公式の窓口に確認してください。
Q. 経営者は引退の時期をどう決めればいいですか
誰も決めてくれないので、仮の日付で構いません。65歳、70歳、後継者が一人で回せるようになったときなど、逆算の起点を置くことが目的で、後から変えても構いません。
Q. 経営者が自分の退職金を積み立てる制度はありますか
小規模企業の経営者や個人事業主が、廃業・退職に備えて自分で積み立てる公的な制度として、中小企業基盤整備機構が運営する小規模企業共済があります。加入資格や税制上の扱いには条件があるため、公式の窓口で確認してください。
Q. 有限会社は今でも新しく作れますか
作れません。2006年5月に会社法が施行され、有限会社は新しく設立できなくなりました。それ以前からある会社は「特例有限会社」として、有限会社の名前を使い続けることが認められています。
📎 一次情報(公的機関)
- 国税庁|No.5208 役員の退職金の損金算入時期(株主総会の決議等で金額が具体的に確定した日の事業年度)
- 法務省|会社法の施行に伴う会社登記についてのQ&A(2006年5月以降は新設不可・特例有限会社として存続)
■ コーキの締め

ススムさんは、メモをつなぎの胸ポケットにしまった。油で少し汚れた指で、丁寧に折りたたんでいた。
「二十二年、会社のことばっかり考えてました。自分の老後なんて、考えたこともなかった」
「珍しくないと思います」
「そうですかね。……ミツルはミツルで、下がる下がるって言ってましたけど、あいつには少なくとも下がる先がある。俺には、先がないんですよ。ゼロか、働き続けるかで」
そう言って、少し笑った。困ったときに笑う癖があるらしい。
「じゃあ、俺、戻ります。今日も忙しいんで」
階段を下りていく足音を聞きながら、ケイイチロウが言った。
「五十四で気づけたのは、運がいい方だ」
「ええ」
「あと十年遅ければ、選べる手は、今よりかなり少なくなる」
(馴染めなくて外に出た人と、馴染んで中で上がった人。同じ歳の二人が、まるで違う袋小路に立っている。……どちらが正解だったという話ではないんだろうな)