【第27話】コーキ探偵、「失恋に気づいた男」と夜を過ごす

第27話アイキャッチ:サクラとヒロを見て失恋に気づくケンタ ストーリー

※この話はシリーズ本編のストーリーを中心に構成しています。登場する人物・団体・会社名・地名等は創作上のもので、実在の人物・団体とは関係ありません。

■ 納品物

十月の半ば。夕方の事務所に、ケンタがノートパソコンを抱えてやってきた。

「ういーす。頼まれてた紹介動画、できたよ」

事務所の紹介動画。ケイイチロウが「そろそろうちも」と珍しく言い出して、フリーランスで動画編集をやっているケンタに頼んだのだった。

「おう。見せてくれ」

事務所の紹介動画を納品するケンタ

動画は、思っていたよりずっと良かった。事務所の窓から差し込む光、棚の上のルリ、依頼人を迎えるソファ。ケンタの撮る映像は、理屈じゃなく空気を掴む。大学の映像サークルで「雰囲気で撮るタイプ」だったというのは、伊達じゃないらしい。

「いいじゃないか。これ」

「っしょ?まあ、俺くらいになるとね」

軽口を叩きながら、ケンタは窓際に寄った。

そして、そのまま固まった。

ケンタが撮った事務所紹介動画を再生するシーン

■ 窓の外

俺はケンタの視線の先を追った。

夕暮れの商店街。街灯が点き始めた通りを、サクラとヒロが並んで歩いていた。

家電量販店の袋を提げたヒロが、何か説明している。たぶん、また比較表の話だ。サクラが吹き出して、ヒロが心外そうな顔をして、それを見てサクラがもっと笑う。

ただ、それだけの光景だった。

付き合っているわけでもない。手をつないでいるわけでもない。ただの、買い物帰りの二人。

でも。

「……あー」

ケンタが、小さく声を漏らした。

「そっかー。……そっかあ」

それは、質問でも驚きでもなかった。ずっと目を逸らしてきた答え合わせを、いま終えた人間の声だった。

窓の外のサクラとヒロを見て固まるケンタ

■ まあいっか、の行き先

ケンタはしばらく窓の外を見ていた。二人の姿が角を曲がって見えなくなっても、まだ見ていた。

「コーキさ」

「ん」

「俺、サクラのこと、いいなって思ってたんだよね。たぶん、サークルの頃から」

知ってた——とは言わなかった。代わりに俺は、冷蔵庫から缶コーヒーを2本出して、1本をケンタに放った。

「言わなかったのか」

「言うほどじゃないっしょ、って思ってた。ほら、俺、フリーランスなりたてで金もねえし、まずは仕事っしょ、とか。あとでいいか、って」

ケンタは缶を開けて、一口飲んだ。

「『あとでやろうと思ってた』って、俺の口癖じゃん?」

「らしいな」

「あれさ、宿題とか確定申告なら、あとからでも間に合うんだよ。怒られるけど、間に合う。……でも、こういうのは間に合わないんだな。あとって言ってる間に、終わってた」

俺は何も言わなかった。こういうとき、探偵にできることは何もない。推理も、分析も、解決策も、この件には出番がない。

ただ隣にいて、コーヒーを飲むだけだ。

コーキと缶コーヒーを飲むケンタ

■ 「まあいっか」と言わなかった夜

長い沈黙のあと、ケンタが口を開いた。

「まあいっか……って、言おうとしたんだけどさ。今」

「ああ」

「言えなかったわ。……悔しいんだな、俺。ちゃんと」

ケンタは笑っていた。でも、目は笑っていなかった。それでいいと思った。

奥の机で、ずっと黙って書類を読んでいたケイイチロウが、静かに言った。

「負けを認められた人間だけが、次の場所へ歩き出せる。『まあいっか』で流した負けは、いつまでも足元に残るぞ。」

「……ケイイチロウさん、今日もズバッと刺してくるなあ」

ケンタは、缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。

「よし。俺、決めたわ」

「何をだ」

「ちゃんと悔しがる。今夜は帰ってしょんぼりする。とことんしょんぼりする。……で、明日から、次いくわ」

ケイイチロウが負けを認めることについて語るシーン

■ エピローグ

帰り際、ケンタは玄関で振り返った。

「あのさ、二人には言うなよ?今日の」

「探偵は口が堅い」

「ん。……あと、あの二人さ」

ケンタは少しだけ黙って、それから、ちゃんと言葉にした。

「お似合いだと思うわ。ほんとに」

ドアが閉まった。

棚の上のルリが起き上がって、ドアのほうをじっと見ていた。まるで、いま出ていった男の背中を見送るように。

「……お前もそう思うか」

ルリは答えず、あくびをした。

帰るケンタの背中を見送るルリ

窓の外はもう暗い。この事務所には、金の相談も、仕事の相談も、契約の相談も持ち込まれる。でも、今日のあれは違う。あれは相談ですらない。ただ、人が一つ大人になる瞬間に、たまたま居合わせただけだ。

「前夜」というのは、たぶん、ああいう夜のことも言うんだろう。

何かが終わって、まだ次が始まっていない夜。

でも、次は始まる。あいつの場合は、たぶんすぐだ。なにせ切り替えの早さだけは、昔から天下一品だからな。


この話は、実用解説よりもシリーズ本編のストーリーを中心にした回です。ケンタの「まあいっか」がテーマだった第1話からの成長と、次の話への橋渡しになっています。

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