※物語パートに登場する人物・団体・会社名は創作上のものです。実在の人物・団体とは関係ありません。
■ 継続案件
夏の終わり、ケンタが妙に機嫌よく事務所に現れた。
「聞いてくれる?最近、月イチで入ってる継続案件があってさ。地元の店の紹介動画を作る仕事」
「珍しいな、お前が単発じゃなく続けてるのは」
「それがさ、写真の人と組んでるんだけど、その人の写真がめちゃくちゃいいんだよ。俺が動画にまとめて、店に納品する流れ」
ケンタは自分のノートパソコンを開き、完成した動画をいくつか見せた。確かに、以前より落ち着いた仕事ぶりだった。
「その写真家、名前は?」
「リオさん。……あ、いや、リオ。歳、俺と近いから」
一瞬の言い直しに、何かが滲んでいた。

■ よく喋るようになった男
その日以来、ケンタが事務所に来るたびに、話の端々に「リオが」という名前が出てくるようになった。
「リオ、現場に着くの早くて。俺が寝坊しかけたら、ちゃんと連絡くれるんだよ」
「リオの写真、構図が独特でさ。俺の編集のリズムと相性いいんだよな」
ルリが、ケンタの膝の上で目を細めた。
「その人の話、今日でもう5回目だよ」
「え、数えてたのか」
「数えるまでもないくらい多いの」
ケンタは慌てて咳払いをした。
「べ、別に、そういうんじゃないから。仕事のパートナーとして、信頼できるってだけで」
「信頼できるパートナーの話を、5回も自分からしないだろう」
コーキが言うと、ケンタは黙り込んだ。図星らしかった。

■ 三年前とは違うやり方
「正直に言うとさ」
しばらくして、ケンタがぽつりと言った。
「前の俺だったら、言えないまま『あとでいいか』で先延ばしにするか、焦って距離を詰めて空回りしてたと思う」
「今は違うのか」
「違う。今は、ちゃんと自分の予定も、財布の中身も、相手に隠さず話せてる。リオにも、フリーランスの収入は波があるって最初に伝えたし、撮影の合間に昼を食べたときも、割り勘でいいかって聞いたら、『もちろん』って笑われた」
その言葉には、以前のケンタにはなかった落ち着きがあった。
「断る基準を持てるようになったのと、同じ話だな」
「うん。多分、それが効いてる」

ケイイチロウが、通りすがりにその会話を耳にして、足を止めた。
「対等でいられる相手というのは、貴重だ。金でも、勢いでもなく、その関係を選べ。」
ケンタは、珍しく神妙な顔でうなずいた。

■ 名刺代わりの一本
数週間後、ケンタは少し興奮した様子で報告に来た。
「リオと、クライアント案件じゃなくて、二人だけの企画を撮ることになったんだ。『名刺代わりの一本』作ろうって、リオが言い出して」
「仕事を超えた話になってきたな」
「そうなんだよ。……それで、撮影の帰りに、思い切って誘ってみた。『今度、仕事じゃなくてご飯行きませんか』って」
「返事は」
ケンタは、照れくさそうに笑った。
「『待ってました』だってさ」

■ エピローグ:新しい景色
事務所を出る前、ケンタが振り返って言った。
「なんか、前とは違う始まり方だなって、自分でも思う。焦って何かを埋めようとしてたんじゃなくて、ちゃんと一緒にいて心地いいから、って思えてる」
「それが、お前が3年かけて手に入れたものだ」
「かっこいいこと言うじゃん」
「たまにはな」
ケンタは笑いながら、事務所を出ていった。夏の終わりの風が、少しだけ涼しくなり始めていた。
(先延ばし癖の塊だった男が、今度は自分のペースで、誰かとの距離を選んでいる。……この仕事、たまにこういう報酬がある)

この話は、実用解説よりもシリーズ本編のストーリーを中心にした回です。ケンタの3年間の成長と、新しい出会いへの橋渡しになっています。
🔗 この話の前後・関連
- 前の話:第43話「家を買うか借りるか、本当の答えを出せずにいた問題」
- ケンタの3年間:第41話「フリーランス3年目なのに、まだ半人前な気がしていた問題」
- ケンタの失恋:第27話「コーキ探偵、「失恋に気づいた男」と夜を過ごす」
- 焦って始めたマッチングアプリ:第28話「マッチングアプリで騙されない|危険なサインと安全な使い方」